書くだけ堂

わっと思いついた時にわっと書きます。

村を焼きたい姉vs村を焼きたくない妹

【2016.12.03】
 
 
「焼く」と心の中で思ったならッ!
その時スデに行動は終わっているんだッ!
 
どうも、村を焼きたい党・代表候補の筆者です。
 
この時点で早くも不穏な空気を感じた方いると思いますが、そうです。
私は村を焼きたいのです。
 
村を焼くということはロマンです。
村焼きにはロマンが溢れているのです。
他の何にも代えがたい、村焼きの魅力をお伝えしたい…。その一心でこれを書いています。
 
何のこっちゃ?な方がブラウザバック押しそうなので説明しますと、村焼きとは……何なんでしょうね?筆者も最近知りました。
 
きっかけはこちらのブログ
 
TwitterのRTで回ってきたんですが、これがまぁ面白い記事でして、筆者は大絶賛しつつ読ませていただきました。
内容は一言で言うと「村を焼く、もしくは村を焼かれた場合に、その情景が似合いそうな人を想像してみる」というものです。
この見出しだけで筆者は「うおおお!!!いいぞ!!もっとやれ!!」という感じです。
まだ何のこっちゃ?という方ももちろんいるでしょう。
ここからは筆者が個人的に考える「村焼き」についての見解です。
 
まず、好きな俳優なりアイドルなり、アニメキャラがいたとします。みなさん、たまに「もしこの人たちが家族だったら」「高校の教師だったら」とかやりませんか?やりますよね?
やったことないって人はここでバイバイだ。
え、やったことあるよね?
日本国民の大半は「この人は面倒見がいいからお母さんで〜、この子は生意気だけど可愛いから弟で〜〜」とか「白衣似合いそうだから絶対保健の先生だよ〜〜」とか当てはめたことあると思ってるんだけど違うのか?
もし分からんという人がいたら、これから先まかり間違っても村を焼きたい党の支持者になることはないと思うのでブラウザバックの高速連打をオススメするぞ。
やったことある!楽しいよね!
というオタクの通過儀礼を済ませたそこの貴方は、どうかもう少し村焼きに付き合ってほしい。
 
話は戻りまして。
つまりは村焼きも当てはめみたいなことです。
家族で言うところの父・母・兄・姉・弟・妹。
教師で言うところの国語・数学・科学・保健。
これが「村を焼く」「村を焼かれる」の2択に絞られたバージョンです。
 
焼くか。焼かれるか。
 
喰うか!?喰うわれるか!?みたいなサバイバルデッドヒート感が出て語呂がいいですね。
生死をかけた振り分けに心が踊ります。
 
そもそも「村」ってどういうことやねん?
という疑問。
まず、舞台はいつなのか?
現代日本にも村は存在しますが、焼こうと思って焼ける村はそんなにない。
今時ド田舎でもコンクリートで出来た家が乱立するご時世です。焼くのは難しい。
ならどうするか?答えはこうです。
木造建築の長屋が並ぶ江戸時代まで戻りましょう。コンクリートより確実に焼けます。
ただ、さすがに推しのチョンマゲはオツすぎる。江戸時代後半、幕末にあたりにしましょうかね。ぎりチョンマゲ回避が可能な時代に突入です。
龍馬伝や、るろうに剣心で描かれる街並みが分かりやすいかもしれない。あれくらいの時代で、人口の少ない小さな農村あたりなら焼こうと思えば焼けそうです。
もしくは西洋に思想を飛ばすという手もあります。ロードオブザリング的な、ナルニア国物語的な、何らかの民族が暮らす小さな村。全然焼けそうですね。いい感じです。
いっそ世紀末でも良いかもしれません。北斗の拳はよく村を焼きます。
チョンマゲを無視すれば江戸時代初期も可です。SHINOBIでは伊賀も甲賀も徳川家に焼かれます。
こうしてみると、意外と村が焼かれていることが分かりますね。
 
ということで、都合良くこの世のどこかに頑張れば焼けそうな村があって、そこに住む推しが存在するわけです。
推しはどういう人なんでしょうか?
普通に暮らしてるのか、村の人気者なのか、嫌われ者なのか。まぁ、そこらへんは後々考えるとして、今はとにかく村を焼くことが最重要事項です。我々、村を焼きたい党の公約。マニュフェストであります。
 
このマニュフェストを実行するのは他でもありません。当てはめにより「村を焼く」に分類された推しです。
なぜ村を焼くのか?
それは、村を焼くことで生計を立てているからです。村から直接金品を奪うパターンや、上司から村を焼いた報酬を貰うパターンなどがあります。
また、趣味で村を焼いている人もいます。炎が好きなのか、泣いている村人を見るのが好きなのかは人それぞれですが、ライフワークとして村焼きを行っているわけです。この場合、村焼きは個人で執行されることが多いでしょう。
個人ではなく組織で行う場合は、趣味というより仕事です。村を焼くことにより、自分たちのテリトリーを増やす、もしくは自分たちの強さを他に誇示しているわけですね。
ざっと紹介しただけでも色々な事情があります。自分の好みに合わせてカスタマイズすると良いでしょう。
 
ここで、「村を焼く者」について我が党のオススメする3パターンをご紹介。
 
★冷静な村焼き人
これは王道ですね。黙々と村を焼きます。自分の野心のためなのか、崇拝する上司のためなのか、とにかく何の躊躇もなく火を放ちます。
クールなキャラクターや、見目麗しいキャラクターが当てはめられがちです。
また、この手の村焼き人はカリスマ性を持っていることが多く、喜んで命を差し出す部下がいたりします。自分の手は汚さず高みの見物をしている場面も多々見受けられますね。
戦闘能力および知能指数が高いのが特徴で、この冷静な村焼き人に村を焼かれた場合、復讐をするのは困難を極めると言っていいでしょう。
 
★純粋な村焼き人
村を焼いておいて純粋とはこれ如何に。
しかし、実はよくあるパターンなのです。無邪気に村に火を放つ、子供のような村焼き人。
ニコニコ笑顔が似合う、ピュアなキャラクターが当てはめられがちな枠になります。
村焼きを悪事だと思っていないのが一番の特徴です。善悪に関する常識が欠落している場合が多いですね。洗脳されて育った可能性もありす。
更生させるのは難しく、根本的な価値観が合わないため会話が成立しないのが要注意ポイント。
 
★悲しき村焼き人
みんながみんな焼きたくて焼いてるわけではありません。中には仕方なく、泣きながら村焼きを行っている人もいるのです。
最も分かりやすいのが人質ですね。大切な人の命と、その他大勢の命を天秤にかけた末、大切な人を選んで村に火を放つ。と言った具合です。
他にも、ヤらなければヤられる!自分の命がかかっているパターンや、村をひとつ焼かないと国がひとつ潰れるといった犠牲の規模の違いパターンなどがあります。
比較的まじめで、心優しいキャラクターが当てはめられます。筆者はこのパターンが一番好きです。党のイチオシとして街頭演説したい。
 
「村を焼く者」については、こんな感じです。
いかがでしょうか?
わけわかんねぇだろ?
でも、冒頭にも言いました。
「焼く」と心の中で思ったなら、スデに行動は終わってるんです。
思い立ったが吉日。
そうだ、村を焼こう。
 
さて、そろそろブラウザを閉じた方も出てきたころかと思いますが、「村を焼かれる者」の話に移っていきたいと思います。
 
村を焼く人がいるならば、もちろん村を焼かれる人がいるわけです。
なぜ村を焼かれるのか?
ここに理由はありません。そこに村があるからです。別に隣の村でもよかったんです。でも、たまたまそこにあったから焼かれてしまったのです。
強いて言えば、村を焼かれないことには何も始まらないから、という我が党の方針により焼かせていただきます。申し訳ございません。
 
村を焼かれる者に関しても様々なカスタマイズが可能です。早速ですが、我が党のオススメ3パターンを見ていきましょう。
 
★平凡で平穏なはずだった村焼かれ人
王道オブ王道。ある日突然、日常が奪われてしまう典型的なやつです。一人だけ村の外に出かけていた、という偶然が必須。
焼かれている村を見てどんなリアクションをするのかが見所です。呆然と立ち尽くすのか、叫ぶのか、火の海に飛び込もうとするのか。
村には家族や友人などが多数いるため、普段温厚なキャラクターやムードメーカーのキャラクターが選ばれやすい傾向にあります。ただ泣き顔が見たいという理由で、最推しのキャラクターが抜擢される確率も高いですね。
焼かれた後の行動としては、少年の場合は成長してから復讐。大人の場合は同士を集めて敵地に乗り込む、などがあります。
 
★孤独な村焼かれ人
村では孤立しています。理不尽な事でいじめられているのか、相当性格がねじ曲がっていて除け者にされているのか、とにかく誰も寄り付かない。
そんな中で村を焼かれるわけですから、先ほどの平凡な村焼かれ人のようなリアクションは期待できません。燃える村を見ても静かです。
しかし、そんな孤独な村焼かれ人にもたった一人の友人がいたとしたらどうでしょうか。業火の前に立ち、目を逸らすことなく見つめ、血が出るほど拳を握りしめている孤独な村焼かれ人…。
毒舌キャラや孤高な寡黙キャラ、ツンデレキャラなんかが当てはめやすいでしょう。
この手のキャラクターは元から強いことが多いため、すぐ単身で敵地に向かいます。悪の殲滅に余念がなく、自分の復讐を終えても次なる敵地を破壊しに行くこともあるようです。っょぃ。
 
★二人きりの村焼かれ人
生き残ったのが二人、という複数人パターンです。親友同士が復讐を誓い合うもよし、犬猿の仲だけど力を合わせて敵を倒しに行くもよし。
焼かれている村を見て火の海に飛び込もうとするも、「やめろ!今行けば死ぬぞ!」と止めてもらえるのは、複数人で生き残った場合にのみ起こる特殊な演出です。
一人では出来ないことが出来るのが最大の特徴で、仲良しのキャラクターやライバル関係のキャラクター、兄弟などを当てはめると良いでしょう。BGMは青春アミーゴ
 
以上が「村を焼かれる者」のプレゼンです。
意味わかりましたか?
わかる方はGロッソで僕と握手!
わからん方も安心してください。筆者も我に返ることがあります。なにしてんねやろ…と。
 
先ほどご紹介した記事を見たあとすぐ、
「私も村焼き・村焼かれ10選やりてぇ!」と思って、具体的に人物を上げてブログを書こうかと思ったんですが…
 
筆者は思案した。
かの一般人感覚を忘れてはならぬ、と。
筆者には一般が分からぬ。
筆者はオタクである。
妄想をし、ぼっちで暮らして来た。
けれども人からの視線には、人一倍に敏感であった。
 
つまり、一般のユーザーにとって村焼きの話はどこまでセーフなのかよくわからん。ということです。
「推しの村を焼こう!」
これだけ聞くと完全にアウトです。
「村を焼かれて悲しい顔をしてる推しを見たい」
なんとなくセーフに聞こえます。いや…でもこれ、どうなんだ…セウト?わからん。
 
ここで、今回のブログタイトルを思い出してほしい。
『村を焼きたい姉vs村を焼きたくない妹』
そうです。
筆者の妹氏は「村を焼きたくない」のです。
むむむっ!
これはディベートするしかあるまい。
ということで、筆者よりはいくらか一般感覚を持ち合わせている妹氏と、村焼きについて話してみた。
 
筆者「村焼きって知ってる?」
妹氏「知らん」
筆者「推しの村を焼くんだけども」
妹氏「えっ…」
 
マズい。
既に少し引いている。
しかし、ほぼ同じ趣味遍歴を辿ってきた2人である。分かり合える可能性もある、と村焼きについてざっくり説明した。
 
筆者「…と、まぁ、こんな感じで。ドラマの役みたいに考えた場合、村焼きは良くないか?」
妹氏「かわいそう」
筆者「ほあ?」
妹氏「かわいそうだから無理」
 
な、なにするだーーーーッ!!
 
ちがった。
 
な、なんだってーーーーッ!!
 
いくら血を分けた姉妹でも、性癖までは同じではなかった。悲しい。
でも、そう、これはもはや性癖と呼んでいい。
酷いことをする推し、酷いことをされる推し。
それを見てヤッホーーーー!となるのは、よくよく考えればマイノリティーな性癖のかもしれない。
統計をとったわけじゃないので分かりませんが、少なくとも国民の二人に一人が「ひと狩り行こうぜ!」のノリで「ひと焼き行こうぜ!」と言ってくるような国だったら怖い。
CRAZY JAPAN.
 
筆者「どこがかわいそうなの?」
妹氏「だって死ぬじゃん」
 
ごもっとも。
 
筆者「あ、推しは死なないよ?」
妹氏「でも家族死ぬんでしょ」
筆者「みんな死す」
妹氏「かわいそうだよ」
 
推しさえ生きていれば世界は平和!という筆者の座右の名は通用しなかった。
なかなか手強い。
 
妹氏「焼くっていうのもやだ」
筆者「む?」
妹氏「焼死でしょ」
 
うおお!焼くことへの否定!これは強い…。
まぁ、急に村に火を付けた場合は焼死ということになるのでしょうが、村を襲い村人が死んだあとに火を放つ場合は、正確には焼死ではありません。そこは「村を焼く者」の好みです。
が。どちらにせよ、村焼きの美学は「焼く」事にこそあるのです。
焼き払うことにより、恋しい家も、愛する人の亡骸も、帰るべき土地も、何もかもを失うのが重要なのです。我が党はそこを主張したい。
炎という演出も大切なのです。
赤い光に照らされる推しの横顔…プライスレス。
しかし一般の方(少なくとも妹氏)は、
推しの美しい横顔<<推しの笑顔・平穏な生活
という図式のようです。
「村焼いた時の顔、興奮するよね!」と安易に同意を求めるのは、大変な危険を伴うとこを念頭に起きましょう。突然の村焼き、ダメ、絶対。
 
筆者「あとは何がダメなの?」
妹氏「数」
筆者「かず?」
妹氏「村っていう規模がでかいよね」
筆者「規模がでかい」
妹氏「たくさん死ぬのがダメ」
 
なるほど。
大勢の人間が死ぬのがNGらしい。
世界の人口の90%が死そうとも、やはり推しさえ生きていてくれれば未来は明るい!をスローガンに掲げる我が党が受けた衝撃たるや。
いっぱい死ぬのはだめか、そうか。
 
筆者「少人数だったらいいの?」
妹氏「家族単位ならOK」
筆者「あ、いいんだ」
 
いいみたいです。
基準はよく分かりません。
 
筆者「クラス単位は?」
妹氏「うーん…」
筆者「微妙なレベルなのね」
妹氏「でも悪の教典は大丈夫」
 
!?
 
なにが大丈夫なのか。
 
それは伊藤英明演じる高校教師が、クラスの生徒を次々に殺していくサイコ・ホラー映画。
恐らく30人前後は殺されているはずである。
何の迷いもなく生徒を殺していく伊藤英明は圧巻だが、観たあとの後味の悪さったらない。
 
筆者「な、なにが大丈夫なの」
妹氏「順番に死んでいくのは大丈夫」
 
なるほど。わからん。
 
村を焼けと勧める筆者が言うのもなんだが、妹氏は妹氏で危険な香りがしてきた。一般人枠として意見を聞いたのは人選ミスだったかもしれない。
勝手に解釈すると、「一度に」死ぬのがたぶんダメなのだろう。あっという間に全てが灰になる、という事が妹氏の美学に反するのかもしれない。
村を焼きたい党としては、今まで築き上げたもの全てが一瞬で残らず消し炭と化す。それこそがポイントなのですが、お互いの美学を否定しあうつもりもないので「そういう思想もあるのね〜」と思うことにしました。
 
最後に、妹氏はNEWSのマッスーこと増田貴久くんが好きなので「マッスーが村焼かれてたらどう?」と聞いてみた。
 
妹氏「いやだ」
 
単純明快な答えです。
 
姉妹の間の埋まらない溝を発見したところで、今回のブログはそろそろ終幕です。
村を焼きたい党の代表候補・筆者。
村を焼きたくない党の代表候補・妹氏。
両者のディベートは白熱すらしないまま終わりを迎えましたが、また何か議題があれば姉妹で審議したいと思います。
 
さて、最後まで読んでくれた方は、村を焼きたい党について少しは共感および興味を持ってくれたものとお見受けします。
是非、周りの人に引かれない程度に想像してみてください。そして忘れないで…
突然の村焼き、ダメ、絶対。
 
 
 
 
プロシュートの兄貴、尊敬してます。
ふじこ
 
 
 
 
ついでに。
話の流れで『悪の経典』が出てきました。
ブログの内容とは全く関係ないですが、主題歌をEXILE THE SECONDが歌っています。
ブログの内容とは本当に微塵も関係ないし、何ならホラー映画とも全く関係ないんじゃ?ってくらい良い曲なので、よかったら一聴どうぞ。